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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3577号 判決

原告

山崎勝

ほか二名

代理人

鈴木光春

被告

一商運輸株式会社

代理人

前田知克

福岡清

水田博敏

復代理人

横田幸雄

主文

一、被告は原告山崎勝に対し金一九万四五〇〇円、原告長沢瑞穂に対し金五万八〇〇〇円、原告長沢保に対し金二四万円および右各金員に対する昭和四三年四月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用中、原告山崎勝と被告との間に生じたものは、これを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告山崎勝の負担とし、原告長沢瑞穂、同保と被告との間に生じたものはこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告瑞穂、同保の負担とする。

四、この判決は原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実〈省略〉

理由

一事故の発生

請求原因第一項の事実中、原告ら主張の日時・場所において、甲車と乙車とが衝突したことは当事者間に争いがなく、証拠によれば、原告勝、同瑞穂はその主張どおりの傷害を負い、乙車が破損して使用不能の状態になつたことが認められる。

また、〈証拠〉によれば、甲車と乙車との衝突の態様は次のとおりであることが認められる。

事故現場は、鶴見方面から溝口方面に走る歩車道の区別のある車道幅員12.15米のコンクリート舗装道路(本件道路)に幅員6.7米の小道路がT字型に交わる交差点から鶴見寄り4.5米の本件道路上である。

長谷川は甲車を運転して、本件道路を鶴見方面から溝口方面に向けて進行し、右交差点において右方の小道路へ右折するため、方向指示器を出しながら徐々に減速しつつ対向車線の車両の動静を確認したところ、視界内に対向車両は見あたらなかつた(本件道路は本件交差点から溝口方面寄り約二〇〇米の地点でカーブしており、対向車は、カーブを過ぎるまでは、長谷川の右折地点から望見できない。)。しかしたまたま右小道路からパブリカライトバンが出てきて本件道路へと右折しようとしているのを発見し、同車が右折し終るのを待つた後、あらためて対向車の存否を確認することなく、ただちにハンドルを右に切って対向車線内に進入した。その瞬間目前に乙車を発見した。

一方原告瑞穂は乙車の左側助手席に原告勝を同乗させて、本件道路の中央線寄りを溝口方面から鶴見方面に向けて時速約五〇粁で進行してきた。原告瑞穂は本件交差点から更に三〇〇ないし四〇〇米先の北加瀬交差点において左折する積りであったため、本件交差点に接近した頃から左に寄ろうと考え、一〇米ばかり左後方を進行している一台の車の動静に注意をしながら本件交差点に接近した。そして前記パブリカライトバンが左方の小道路から出て乙車の前面を横切つてゆくのを見送つて本件交差点に進入したところ、右折しようとして乙車の前面に進入してきていた甲車を発見したがすでに間に合わず、中央線から0.7米ばかりの乙車進行路上において甲車の前面と乙車の前面とが激突することとなつた。

二長谷川の過失および原告瑞穂の過失

第一節において認定した事実によれば、長谷川は、右折車の運転者として、本来、乙車の直進を妨げてはならない立場にあつたことは明らかである。しかも、長谷川は、パブリカライトバンによつて視界をさえぎられる前に対向車線内の車両の動静を確認した際、対向車両がなかつたので、パブリカライトバンが通過した後対向車線内に進入する際も対向車両はないであろうと軽信したため、右折開始にあたつて、あらためて対向車両の存否動静を確認することなく、発進したことによつて本件事故を惹起したのであり、同人に前方不注視の過失があつたことも明白である。

被告は、本件事故はもつぱら原告瑞穂の前方不注視と制限速度超過により惹起されたものであると主張するところ、次に述べるように原告瑞穂にも前方不注意の過失があつたことは否定しえないところであるが、右折車である甲車の運転者としての長谷川の前方不注意の過失はいつそう大であつたと認めねばならない。また原告瑞穂の進行速度は前認定のとおりであるから、かりに右速度が多少制限速度を超えているとしても、長谷川において前方注意を怠らなかつたとすれば、乙車の接近につき予想を誤らせる程度のものであつたとは認められない。従つて本件事故は、主として長谷川の過失により生じたものと認めねばならない。

一方原告瑞穂も、左後方に対する安全確認に注意を奪われ前方に対する注意を十分行なわなかかつたため、前方を横切つてゆくパブリカライトバンのかぎに甲車が接近していたのに気付くことができず、そのまま本件交差点に進入したため本件事故を惹起してしまつたのであり、同原告の前方不注視の過失もこれを否定することはでできない。

そして、右認定のような双方の過失の態様を比較考量すれば、その過失割合は原告瑞穂につき二、長谷川につき八とみるのが相当である。

三被告の責任

請求原因第二項の事実中、長谷川の過失の点を除きその余はすべて当事者間に争いがなく、長谷川に過失があることについては第二節で認定したとおりであり、乙車が原告保の所有に属することも当事者間に争いのないところであるので、被告は、原告勝、同瑞穂の被つた後記人的損害については自賠法第三条により、原告保の被つた後記物的損害については民法第七一五条第一項により賠償する責任がある。

四損害

原告らおよび被告が本件事故によつて被つた損害は、次のとおりである。

(一)  原告ら

1  原告瑞穂について。

(1) 休業損害

〈証拠〉によれば、原告瑞穂は事故当時満二四歳の男子であつて株式会社佐藤電工舎に勤務していたが同社の給与制では不就労の期間は給与がえられなかつたこと、同原告は事故当日最寄りの関東労災病院で治療を受け爾後引き続いて同病院に通院することはしなかつたものの肋骨にひびが入つていたため住居に近い元石川の藤木病院に二五日ばかり通院して治療を受けたこと、以上の事実を認めることができる。そして前掲各本人尋問の結果によれば、同原告は、右治療期間中にとどまらず事故の時から一か月半くらい就労しないでいたことがうかがわれるが、前記受傷および治療の状況にかんがみれば、この全期にわたる不就労がすべて事故による受傷と相当因果関係に立つとは認められず、原告瑞穂が事故のためやむをえず休業せざるをえなかつた期間は一か月と認めるのが相当である。

ところで、同原告の月収については、〈証拠〉に、昭和四二年八月八万五〇〇〇円、九月七万五〇〇〇円、一〇月分八万七〇〇〇円(一か月平均八万二〇〇〇円余)の記載があり、原告瑞穂、同保各本人の供述中にもほぼこれにそう陳述がある。しかし、〈証拠〉によれば、原告瑞穂は警察で取調べを受けた際月収は五万五〇〇〇ないし五万六〇〇〇円であると供述していることは明らかであり、そのことについては同原告は前記本人尋問の際に、「私が警察で収入を五万五〇〇〇円と言つたのは、収入が固定給ではないので五万円の時もあり八万円の時もあるからです。」と弁解している。これらの点に、かんがみれば原告瑞穂の月収に関する前記甲号証の記載および本人の供述は、一か月平均五万五〇〇〇円の限度においてのみ措信するに足るものと認むべきである。

そうすると同原告が休業により被つた損害は五万五〇〇〇円となる。しかるに同原告には前記のとおり本件事故発生につき過失が認められるので、右過失を賠償額算定にあたり斟酌すると、被告に対し請求しうべき金額はそのうち四万四〇〇〇円となる。

(2) 慰藉料

原告瑞穂の傷害の程度、同原告の過失その他諸般の事情を考慮すると、原告の被つた精神的苦痛に対する慰謝料としては四万円が相当である。

2  原告勝について。

(1) 休業損害

〈証拠〉によれば、原告勝は事故当時満二三歳の男子であつて原告瑞穂と同一の会社に勤務していたこと、事故による受傷のため事故当日から二七日間入院し、退院後約二〇日を経て医師から就労可能の診断を受けていること、以上の事実を認めることができる。右認定の事情によれば事故による受傷と相当因果関係に立つ原告勝の休業期間は一か月半と認めるのが相当である。

ところで、同原告の月収については、……原告勝の年齢が原告瑞穂よりも一つ年下であることにかんがみれば、原告勝が特別の技術を有していたとか、或いは原告瑞穂よりも先に就職していたなど、原告瑞穂よりも月収が多かつたことをうかがわせるような特段の事情につきなんらの立証のない本件においては、原告勝の月収が原告瑞穂の月収を超えると認めることは不合理であり、原告勝の月収に関する前記甲号証の記載は、前認定の原告瑞穂の月収と同額すなわち一か月平均五万五〇〇〇円の限度においてのみ措信するに足るものと認むべきである。そうすると原告勝の休業損害は一か月半につき七万七五〇〇円となる。

(2) 慰藉料

原告勝の傷害の程度その他諸般の事情を考慮すると同原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては一〇万円が相当である。

なお被告は、原告勝の損害につき、過失相殺を主張するが、前認定の事実関係によれば、原告勝は、原告瑞穂の同僚としてたまたま同原告の運転する乙車に乗り合わせていたというに過ぎず、原告勝と被告との間において同原告の側に過失があつたとは考えられないので、過失相殺を認める余地はない。

3  原告保

乙車破損による損害

本件事故により乙車が大破し、使用不能となつたことは第一節において認定したとおりである。

原告保本人尋問の結果によれば、同原告は事故より一年ばかり前に乙車を三七、八万円で購入したこと、事故前原告瑞穂の友人からこれを二八万円で譲つてくれと言われており、その友人に売却する積りになつていた矢先に本件事故となつたことなどが認められる。

右の二八万円という金額は、新車価格三七万円の車の一年後の時価を定率法により算出した(金額二五万余円)と比しそれほど高額でもなく、乙車の譲渡につき右認定のようないきさつがあつたことをも考え合わせれば、同原告は、本件事故により二八万円の損害を被つたということができる。

そして原告保は原告瑞穂の父親であるので、原告保の賠償算定にあたり原告瑞穂の過失を斟酌すると、被告に対し賠償を求めうる金額は二二万円とみるのが相当である。

4  弁護士費用

以上により被告に対し、被告勝は一七万七五〇〇円、同瑞穂は八万四〇〇〇円、同保は二二万円の各損害賠償請求権を有するものというべきところ、被告がこれを任意に弁済しないこと、そのため原告らが弁護士鈴木光春に本件訴訟を委任したことは原告保本人尋問の結果および弁論の全趣旨により明らかである。このことに、本件事案の難易、右各請求認容額その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、原告勝につき一万七〇〇〇円、同瑞穂につき八〇〇〇円、同保につき二万円と認めるのが相当である。

(二)  被告

(1)  甲車破損による損害

〈証拠〉によれば、甲車の前部も破損し、その修理費として、合計一七万〇二七〇円かかつたことが認められる。前認定の事実関係によれば、被告は、原告瑞穂の不法行為に基づき同額の損害を被つたことは明らかである。しかるに、甲車を運転していた長谷川に過失があること、長谷川が被告の事業の執行中本件事故を惹起したものであることは前認定のとおりであるから、長谷川の過失を被告から原告に請求しうべき賠償額算定にあたり斟酌すると、その額は三万四〇〇〇円が相当と認められる。

(2)  休車損害

本件全証拠によるも、乙車による一日の売上げがどの程度であつたか、また、その休車期間が何日であつたかを確定することができず、甲車休車による損害についてはこれを認めることはできない。

(3)  弁護士費用

被告は、以上(1)(2)のほかに、本件訴訟の応訴に要する弁護士費用をもつて、原告側の不法行為により被告の被つた損害額に当たると主張する。しかし、本件訴訟の応訴に要する弁護士費用が、当然に、原告側の不法行為と相当因果関係に立つ損害に当たるとは認められず、原告側の不法行為に基づく被告の損害賠償請求権を自働債権として相殺をおこなうに際して、右応訴の費用とは別に、とくに弁護士費用を要したことにつきなんら具体的主張立証のない本件においては、弁護士費用の名目の下に被告の側から原告側に請求しうべき損害賠償請求権の存在を是認することはできない。

五相殺

被告は昭和四四年七月一四日の本件口頭弁論期日に本件交通事故によつて被つた被告の損害賠償請求権をもつて原告らの本訴請求において認容される損害賠償請求権と対当額につき相殺する旨意思表示をしたのでこの点について判断する。

まず相殺の許否の点であるが、本件のように、同一事故に基づく不法行為債権相互の間においては、一方の債権だけがとくに現実に弁済を受けるに値するとはいいえないわけであるから、現実弁済の必要性を根拠として相互の間で相殺を許さないとすることは、そもそも、合理的根拠を欠くのみならず、右の場合相殺を許しても、民法第五〇九条の防止しようとする弊害を生ずる余地もないから、同条は同一事故に基づく不法行為債権相互間の相殺については(一方が人的損害であり他方が物的損害である場合でも)、適用がないものと解するのが相当である。

そこで本件についてみるに、被告が原告瑞穂に対し三万四〇〇〇円の損害賠償請求権を有することは、前認定のとおりであるところ、被告において、その余の原告らにつき被告に対する不法行為が成立することをなんら立証していない本件においては、被告は、原告瑞穂以外の原告らに対しては、損害賠償請求権を有しないものと認めざるを得ない。

そうすると原告瑞穂は被告に対し休業損害、慰藉料、弁護士費用の合計九万二〇〇〇円の受働債権を有し、被告は原告瑞穂に対し前記三万四〇〇〇円の自働債権を有しており、いずれも相殺適状にあるものと認められるから原告瑞穂の有する受働債権は三万四〇〇〇円の限度で消滅したものといわなければならない。

六結論

以上により被告に対する原告らの本訴請求中、原告勝については以上合計一九万四五〇〇円、原告瑞穂については相殺後の残額五万八〇〇〇円、原告保については以上合計二四万円および右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年四月一七日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるのでこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。(白石健三 福永政彦 原田和徳)

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